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ぉゔぇ記

好きなことを好きなように書きます。

【2007シーズン】三浦俊也体制を振り返ろう その2 【第1節】

<その1へ>

 前回メンバーを並べてみて思ったのですが、よくあのメンバーでJ2を独走できたものだと思います。J1で実績を残したような選手はせいぜいブルーノ・クアドロスくらいで、あとは完全にJ2なメンバー。しかし、当時のサポーターの期待はかなり高いものがあったような記憶があります。というのは前年、柳下コンサドーレ天皇杯ベスト4の成績。それもエースだったフッキ、チャンスメーカーの西谷抜きの純日本人メンバーでガンバに惜敗してのベスト4というのが、サポーターの期待を過剰に高めたのでしょう。どんなメンバーでもやれるぞ、と。

 そしてシーズン前の練習試合でもそれなりの戦果を収め、手応えは十分。そんなこんなで三浦俊也コンサドーレは、西京極陸上競技場にてJ1から降格してきた京都サンガと対戦で開幕を迎えることとなったのでした。なおこの年、J2は全13チームで4クール、なんと52試合もリーグ戦があるという魔境リーグでした。1年に52週しかないのに52試合やる2部リーグがどこの国にあるんでしょうか。こないでJ2。


 記念すべき三浦コンサドーレ初戦のスタメンはこちら。しかし、例年通り長いキャンプ明けのコンサドーレはとにかく走れません。また前年の天皇杯でサポーターを魅了した「走って繋いで撃ちまくるアクションサッカー」はどこへやら、ただDFラインからロングボールというよりクリアを蹴り、FWが走れず、相手ボールになるという極めて確率の低い攻撃と、パウリーニョとアンドレという京都の強力2トップを止められず、ただズルズル下がるだけの守備という最悪のパフォーマンスで前半45分を終えたのでした。なお17分に失点し、0−1。

 後半三浦監督は動きます。対面の美尾あたりに何度もタテにぶち抜かれていた和波に替えて大塚"塾長"真司を投入、中盤の引き締めにかかります。論理的に言えば西嶋を左に回し、芳賀を右サイドバックにしたはずですが、この時はまだ三浦監督も選手の能力や特徴を把握しきれていなかった印象があるので、なんとなくカウエが右に出たような記憶もあったりなかったり、定かでありません。カウエがサイドをやらされた試合が1試合か2試合あるはずなんだよ。

 大塚の投入により多少はセカンドボールへの反応は強まったものの、相変わらず走れないコンサドーレ。競り勝てもせず走れもしなかった中山元気に代えて石井謙伍で得点の可能性を高めようとするものの、直後にパウリーニョに押し込まれてゲームオーバー。0−2の敗戦、シュート数は京都14に対し札幌わずかに5。決定的なチャンスは0。サポーターのパンパンに膨らんだ期待はたったの1試合で萎んでしまい、試合後にはブーイングが西京極に響いたのでした。

 今考えると、様々なマイナス要因があったのは明らかです。まず前年度とは真逆と言っても良い、全く異なる志向のサッカーへの転換を図っていたこと。ディフェンスがそれなりの練度を必要とするゾーンディフェンスになった最初の公式戦であったこと。加賀、フッキという前年度の主力を移籍で失い選手層が薄く、流れを変えられる選手がベンチにほとんどいなかったこと(これは監督が選手の特徴を把握しきれていなかったことも含む)、走力が必須の三浦サッカーにおいてキャンプ明けの最も走れない時期だったこと。

 そして我々はこのゲームこそが2007シーズンのワーストゲームであったことを、後々実感することとなるのでした。

<その3(近日公開)>