ぉゔぇ記

好きなことを好きなように書きます。

自分から。

 前回ブログを書いたのが開幕戦を終えたときだったらしいです。ご無沙汰しております。シーズンが終わってしまいました。この記事は北海道コンサドーレアドベントカレンダー2023参加記事となっております。他の日の記事も是非ご覧ください。

 今年は、割と珍しくゴール裏での応援について書いてみようかな、って思ってるんですけど、人によっていろいろ意見がありそうだし、人によっては気分悪くなる人もいるかもだから、あなたはそうなのね、って思ってくれたらそれでいいかな。でも、個人的にはおかしくねえ?って思ってるって話です。

 

 「楽しむ」って2通りあると思うんですよね。1つは「受動的な楽しむ」。何かを見たり、聞いたり。漫画を読むとか、映画を見るとか、音楽を聞くとか、動画を見るとか。この辺はそういうタイプの楽しみ方をするものだと思います。もう1つは「能動的な楽しむ」。何かを作る、とか。プラモデル作るとか、推しのアクスタを作るとか、キャンプに行くとか。あるいは仕事や勉強での楽しみはこっちにあると思います。

 別にこの2つのどちらが優れているじゃなくて、単純にそういう違いがあるだろう、あくまでこの2つは別だよね、と。

 それで、自分の中では「サッカーを見る」は前者で、「サッカーを応援する」は後者だと思うんですよ。応援は、あくまで能動の楽しみ。自分が積極的に関わって、応援の一部を担って、雰囲気を作り上げて、それで勝つための一部になれたらいいな、という。

 

 ゴール裏のチケットを買う。熱烈応援席を買う。アウェイのゴール裏(の割と中心の方)にいる。それは「あなたが、自分で、俺はこの趣味に対して主体的な、能動的なかかわり方をしていくぞ、っていう意志表示をしている」ってことじゃないんですか。なんで90分の試合中ほぼずっとスマホ見てられるんですかね。なんで自分で何の雰囲気も作ろうとしないで黙って立って(人によっては座って)いられるんですかね。

 別に俺は受動的なサッカーの楽しみ方をするななんて一言も言うつもりはないです。だって実際俺が海外サッカーやよその試合見てる時とか、そうだから。単純に目の前の事象をあー惜しいとか、あいつうめーなとか、スマホいじってTwitterやってる(あ、Xか)から。なんか別のことと同時並行で海外サッカー見てることなんてしょっちゅうだし、それはそれで楽しい、素敵なサッカーとのかかわり方だと思う。そういう風にコンサドーレとかかわる人がたくさんいてくれたら、それはとてもすばらしいことだと思う。本当に。

 

 ただ、マジで応援席じゃないところでそうやって楽しんでくれ。そこは一人一人が自分でなんらかを思い作り上げる場所なんですよ。自分発信なんですよ。応援席は主体的にそこにかかわっていこうとする行動をする場所であって、受動的に「いるだけで楽しむ」場所じゃないんですよ。90分飛び跳ねろとか声出せとかそういうことでもない。あなたがどうやって主体的にコンサドーレを応援して楽しんでいるかを見せる場所なんだ。そして、その場所をあなたは「チケットを買うことで、自分で選んでいる」んですよ。誰かに無理やりそこにいさせられてるわけではないでしょう。なら、あなたのやることはスマホを見続けることでも、腕組んでぼーっとしてることでもないはず、そう思いませんかね。

 

 コロナ前からそういうところはあったんだけど、コロナ後、あまりにそう感じる場面が多すぎるんで、書きました。USがーとか、コールリーダーにこういわれたとか、マジで違いますよ。ゴール裏で応援を作って楽しむのはあなたなんだから。あなたが考えてあなたがどうするかを決めて、そしてそれを必死でやってくれ。そういう姿を周りに見せてくれ。自分から楽しみに行っている人を見るのは、それがまた本当に楽しくうれしいことだから。コンサドーレが「自分たちでゲームを作るサッカー」を志向してるんなら、応援だってそうあるべきじゃないか。

 

 

って書いたところで本当にわかってほしい奴はこんなの読まないんだろうけどさ。な、味スタの俺のすぐ斜め前で90分携帯触ってたお前だよお前。